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パリのビール事情

お酒と言えばビール、日本でもハワイでもそう過ごして来た。
フランス人もカフェでビールを沢山飲む。我々のような
体を張った、肉体労働系の人はとてもビールが好きだ。

ビンビールも沢山あるが 1664 セーズソワサントキャトル と
言うドイツ国境に近いアルザスに本社があるビールが有名だ。
ヨーロッパ便に乗るとトリコロールカラーのこのビールに
めぐり合える。大変美味しい!

赴任して最初に覚えたフランス語は、”アン ドゥミ プレッション
シルブプレ”だった。(プシューっと機械から入れるグラス生ビール)
当時カフェのカウンターでこれを注文すると一杯10フランだった。
(当時 1フラン16円~18円位)
 ユーロ導入後は 2ユーロになった。

そう、大変良く冷えた250cc程の美味しいビールが
とても安く飲めた。仕事帰りにオリ-ブやサラミをつまみに
これを2~4杯やるのが日課だった。

たまに仕事でフレンチにお客様をご案内する時は必ず事前に
カフェで2杯飲んでからお客様を迎えにいった。

ちょっと高級なレストランではビールを飲む人が殆どいないのだ。
多分フランスの人はワインとビールを一緒に飲まない・・・と思う。
レストランによってはビール自体を用意していないところも多い。

ただ このことさえ理解すれば、食前・前酒にカフェでビールを
胃に流し込んでおけば長い長いフランス飯にも耐えられるのだ。

ビール党の私はパリ在住6年間、ビールとワインの併用で生き延びた。
次回はボーヌで聞いたワインのテースティングを紹介する。


↑クリック、シルブ・プレ!




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ボーヌにて

クーラーが無かったとは言え、静かな佇まいのホテルは
旅の疲れを癒してくれる。このホテルのレストランは2つ星、
食前酒が中庭に用意され、綺麗な庭園を見ながら飲んだ
シャンパンは最高だった。

ボーヌはコートドール(日本で言うところの県)にあり、
ディジョンの南南西40キロ程に位置し、ブルゴーニュの
ワイン集積地である。

ノートルダム寺院を中心とした小さな町で、車での移動がとても
難しい曲りくねった小さな路地が多い。数多くの
ネゴシアン(ワイン商)があり、街中の路地の地下には
ネゴシアンのワイン貯蔵庫がある。

世界的に有名なオスピス(施療院)で11月第3日曜日をはさむ
土、日、月にワインオークションが開催される。

ボーヌ到着後パリのオフィスからこの街で老舗でもあり
昔から取引のあるネゴシアンC社にアポを取ってもらい、
最終日に表敬訪問することにした。

事前の連絡では先方は夏休みで学生のアルバイトと
事務の方しか居ないが、地下のワイン蔵に案内いただける
ことになっていた。

当日、迷いながらもA社に到着。夏休みという事で先方は事務の方と
アルバイト、こちらもバカンスの最中という事で気楽に家族で訪問した。

歴史と中世のヨーロッパを感じる街の中心部近くにある会社は
想像よりも小さい印象だった。
約束道り事務の方(若くて綺麗だった)に挨拶後、
アルバイトの男性(若くてハンサム と家内は思った・・・と思う)に
地下の蔵を案内いただいた。

そこには想像をはるかに超える広いワイン蔵と膨大なワインが
貯蔵されていた。気温も真夏なのにとても涼しいと言うか寒かった。
ボーヌの街の地下はワインだらけなのだ。

地下から上がると試飲の部屋へ案内された。そこには初老の品の良い
作業服の紳士が居て、沢山のワインを試飲させて頂いた。
彼は多分蔵の職人さんだろうと勝手に想像した。
その彼が、レストランでの本物っぽく(笑)見えるワインのテイスティングの
仕方を教えてくれた。これがその後の6年間大変役立つことになる。

試飲が終わると彼からランチを用意しているから とのお誘いを受けた。
会社の1階の広場にある大きなワイン樽の中にテーブルがあり、何と
フルコースのランチが用意されていた。

そのときの話、”パリにはフランス人は住んでいないんだよ、
パリに住んでいるのはパリ人、本当のフランス人はこんな
田舎に住んでいるんだ” と。 軽い冗談だったが、その後
郊外のフランス人の優しさに触れる度にこの会話を思い出した。

お別れの最後に貴重なワインを沢山頂いた。
とても有難かったが、この老人、会社の夏休みにこんなことして
後で社長さんに怒られるのでは と、とても心配した。

バカンス後、この老人こそネゴシアンの重鎮で、あの会社の
オーナーでもあり会長、オフィスから連絡を事前に取った社長さんの
お父さんだった。 失礼致しました!

↑昨日、一瞬、女房を抜きました!クリックありがとうございます!





ジュネーブからボーヌ

ジュネーブではゆっくりした記憶があるがその3泊は
余り良く覚えていない。ホテルのレストランでアラビア系?の
家族と隣り合わせた。子供達の世話をする人が食事中ずーと
付いていた。パリではその後6年間で見たことの無い光景だったが
すごく印象に残った。お金持ちだ・・・すっごいお金持ち(笑)。

ボーヌへ向かう日に時計博物館(だと思う)に行ったが定休日だった。
何故か家内がとてもがっかりしていた。
レマン湖の空高く上がる大噴水に別れを告げボーヌへ・・・

フランス国境に向かう。パスポートを持っていない。何故だか皆な
その事を余り心配していなかった。考えてもしょうがない と思っていたのか
不安は全く無かった。そして検問所、そしてまたまたノーチェックでノンストップ通過、
スイスは偉大な国だ と何故か感心した。

ボーヌへ到着。ホテルはボーヌ郊外の2つ星のレストランとゴルフ場がある
とても素敵なホテルだった。この2つ星のレストランで食事をする事が目的で
予約をした。ただ予約を1日変更したため部屋は旧館と言うか、レストランの
上のとても広くてクラッシックなのだが、クーラーが無かった。

フランスの夏は、特に夜はその当時そんなに暑くなかったのだが、
8月の初めは暑かった。そしてその2晩はとても暑かった。クーラー付きの
新館と言うか部屋が羨ましかった。

次回はブルゴーニュ地方のボーヌをゆっくりと散策する。

↑クリック、ありがとうございます。

イタリア国境検問所

イタリア国境近くの景色の美しいレストランで,
パスポートを自宅玄関に置き忘れと言う現実に再び向き合う。
車と共に通過したあの長いトンネルは国境を越していなかったのだ。

”ここまで来たら行くしかないし、田舎の検問所、イタリアだし、
コピーは持ってるし、だいじょーぶ さ!” と。

レストランから2,3キロの所に検問所があった。山奥の、首都高速の
料金所のようなゲート。道はガラガラだったが検問所では若干の渋滞。
嫌な予感を胸に10台ほどの車の最後尾に付く。結構簡単に次々と進み
ついに私の番に。

係官 ”パスポート、プリーズ” あ、来たぞ、”ハイ、コピーだけど”
この後の会話は良く覚えていない。コピーじゃダメだった。当たり前・・・
係官がUターンをしてスイスへ戻りなさいと言っている。軽機関銃を持った
軍人さんの前で有無を言わせずUターン。あーダメだった!

実は皆のパスポートを自宅に忘れたのは私だった。静かな車中、少なくとも
スイスの山道を戻っている。思わず ”皆さん、ごめんなさい!”と言った。

家内が ”しょうがないよパパ、サーどうする、これからの事決めようよ”
と、明るい声で言ったのだ。いつも家内は前向きで明るいのだ。
確かにしょうがない、今更リヨン方面からコモ湖まで行く気力も時間も無い。

結局ジュネーブ泊に変更、3日分のホテルを予約、ボーヌのホテルも
2泊に変更、そしてミラノの友人にTEL。 ”パリで大切な商談が緊急に入った”
ことにした。とても恥ずかしくて正直には話せなかった。
このミラノの友人達とは2年後、ゴルフと食事の約束を果たすことになるが、
このパスポート事件は最高の笑い話となった。

コモ湖のホテルもキャセルした。その時はカード引き落としで
高いキャンセル料を覚悟したが、何故か一銭も請求されなかったのは
不幸中の幸いだった。これぞイタリア と 妙に感激した。

地図で道を確認し、国境越えを信じたあの鉄道を避けレマン湖では
北側のフリーウエーを使った。レマン湖がこんなに大きいとはあの時
しみじみ気が付いた。
エアコンの無い我がBMW、高速で窓を開けて走ることが
こんな疲れるとは・・・・・

ジュネーブのホテルに夕刻チェックイン。
この時、疲れで体がしびれる事を初めて知った。


↑励ましのクリック、ありがとう!




 

さー、イタリアへ!

グリンデルワルドの3日間は、建国記念日の花火や祭り、
ユングフラウをはじめ息を呑むような美しい景色を充分に堪能。

若干ユングフラウでは高度から来る酸欠?によりちょっと家族には
迷惑をかけたが、何事もなく楽しい日々を過ごせた。

四日目の朝、イタリアコモ湖への最短ルート、アルプス越えの道をフロントで
詳しく聞いた。イタリア国境近くで車を貨車に積んでイタリア側へ抜けると
説明を受けた。勿論パスポートを忘れた件は心にしまい、山岳地帯のしかも
田舎ルートでのスムースなイタリア入国を想定していた。

ちゃんとした道路地図を持っていなかったが、観光案内書でもらった
簡単地図とフロントでの道案内でスムースに山を登る。
山奥の大変美しい街を過ぎ、大きな山のふもとの駅に着く。

そこでチケットを買い、車ごと貨車に載る。そうなのだ、車に乗ったまま
貨車が静かに出発し、長いトンネルをちょっと興奮しながら乗っていた
私たちを大きな山の向こうへと運ぶ。

”ねー、ママ!これってイタリアに入ったんじゃない?”
”そうだよ、やったね!”安心したのか皆なとてもお腹がすいてきた。
綺麗な山道を走り、小さな町を抜け山の中腹あった綺麗なレストランへ
入る。景色も良い、サイコーの気分だった。

席に着きメニューを見る。ここはイタリア国内のレストランであると
勿論信じていたが、軽くウエートレスさんに確認した。
”リラ持ってないんだけど、スイスフランで支払できる?”
あれ?ウエートレスさんきょとんとしてる。そこで、
”あ、いいんだカードは持ってるから”するとウエートレスさんにこっと笑って、
”スイスフランで支払出来ます、だってここはスイスだから” だって。

そうでした、まだ国境を超えてなかったのだ。

↑クリック、ありがとうございます!








プロフィール

ムッシュアプレミディ

Author:ムッシュアプレミディ
28年のサラリーマン生活の半分の14年間の海外駐在と50歳での語学留学の経験あり。

帰国後、家族で見知らぬ土地、仙台で輸入雑貨カフェをオープン。

テニス・ゴルフ・スポーツ観戦が趣味。

ブログで世界旅行 (ヨーロッパ編)


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