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パリ、最初のバカンスでの大変な思い出。

1997年 赴任後最初のバカンスは ディジョン、スイス、イタリア
ボーヌの10泊11日に決定。

まだ若かったのと何しろ旅好きの我が家。華のフランス駐在(笑)と、
その上貯金するという発想が無かったので、
我々としては滞在ホテルも結構贅沢な思い切った日程を組んだ。

旅の主目的は3つ。
1,8月1日のスイスの建国記念日に グリンデルワルドで大花火を見て
ユングフラウへ登山鉄道で登る。
2,北イタリアのコモ湖で何もせずゆっくりする。
3,そしてミラノでは高校時代の仲間3家族でのゴルフと食事。

7月30日パリを早朝に出発、最初の目的地ディジョンに向かう。
A6(フランスの高速道路、オートルート6)を300Kmリヨン方面へ。

巡航速度120キロで途中休憩を入れて3時間。日本の高速と
比較し、ほぼ距離を120で割ると到着時間の予測がつく。

オートルートの制限時速は130キロ、様々な車があるが
だいたいは速い。ヨーロッパの人は日本より、アメリカより、
スピードを出す人が多い。しかもフランス、イタリアは
制限速度よりも速い個人速度を勝手に決めている人が多い・・・と思う。

エアコンの付いてない我愛車BMW520で快調に飛ばす。
さすがBMW520 平地での高速安定性は抜群だった。

何事も無くディジョン到着。ディジョン市内をぐるっと観光し
ムッタール社の からし(マスタード、粒マスタード、
量り売りが新鮮で絶品)を買い込みホテルへ。

初日は何事も無く、全く疲れも感じず、全員がバカンス初日の興奮と
ワインで爆睡した。

翌日朝、グリンデルワルドへ向け出発。
ホテルの駐車場、先ず第1番目のずっこけ。トランク内整理の為
荷物を入れ替えた。その時なんと冷たいジュースを詰めた大きな
クーラーボックスを駐車場に置いたまま出発してしまったのだ・・・ 

A38を使い、ブザンソン経由でスイスへ。
ブザンソン手前のドライブインでクーラーボックス忘れ発覚。
ちょっと非難を浴びるが まー仕方ないと全員で諦める。

ニューシャテル、ベルン、インターラーケン、そして目的地
グリンデルワルド。
途中山道もあり距離的には300キロほどと思うが気を引き締めて、と。

スイス国境手前で家内が、”パパ スイスってパスポート必要だよね?”
そうそう、勿論何処へ行くにもパスポートの携帯義務はある、でも、
”ごめん、皆のパスポート玄関に忘れた・・・・・” えーーーーー!

スイスはユーロに加盟しておらず、出入国にパスポートは当然必要。
車中家族会議で、パスポートのコピーがあるから
行くだけ行って見ることに。

スイス国境検問所。あれ?全く呼び止められず、そのまま通過・・・
いいの? 人相が良かったのか?ノーチェック通過、やったーー。

無事 ニューシャテル、ベルン経由でグリンデルワルドに入る。
スイスに入ってしまえば後はちょっといい加減なイタリアだ。
そしてこの油断がおおいにいけなかった。

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世界は広い・・・

初日の朝、ホテルの地下で朝食。
小さな可愛らしい部屋に降りる。真ん中には朝のブッフェが。
真っ白なテーブルクロスがかかる小さなテーブルに着席。
その後とても親切になるおばちゃんにカフェを頼み
大きなお皿でブッフェ。

真っ赤なジュースとボールに入れられた豆腐のようなチーズ、
生ハム、生野菜を沢山とって席へ。
トマトジュースと信じてグラスに注いだ真っ赤なジュースは
オレンジジュース、豆腐の様な余り味のしないチーズは
モッツァレラだった。真っ赤なオレンジジュースには正直びっくり・・・

ハワイとは似ても似つかない重厚な石造りの歴史的な
街並み、ほぼ地球の反対側の時差を重たく体に感じ、
初日の仕事を終え、夜の会食へ。

ある有名ブランドのオーナー一族との会食。ただの
一参加者だったが、夕食の開始時間は何と9時。
(後にパリに勤務してわかるのだが、スタート時間は
早くて8時、だいたい終わるまで4時間は楽しむのだ。)

おまけに30分遅れて一族が到着、やっとスプマンテで
乾杯、イタリア人はその後4時間喋りっぱなし。
ラテンの底抜けに明るい元気な姿を目の当たりにした。

夜中の1時ごろ最後のグラッパを飲み干しやっとお開き。
翌日ホテルで意識が戻ったのは正午過ぎだった。

ハワイでは美しい夕日を見る為に、会食はだいたい
6時や6時30分スタートで早いときは6時前。
世界は色々、世界は本当に広いのだ。

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無事着いたよ!

40時間を越すフライトとトランジットでイタリア ミラノへ。
ミラノの中心部に程近いリナテ空港に到着。
イミグレーションを無事通過しバゲージクレイムへ。

疲労と緊張の中、しかし思いがけず簡単にバッゲージを
ピックアップ、大きな麻薬犬を連れた係官の間を何事も無く
すり抜けタクシー乗り場へ。
生まれて初めてのヨーロッパの地を踏んだ、震えるような緊張と
感激があった。

そんな緊張の中タクシーに乗る。ホテルへの道中、
眼に飛び込んでくる建物は、日本でもアメリカでも見たことの無い
重厚な石造りの建物で、その町並みは心にずっしりと焼き付けられた。

目指すホテルはミラノのほぼ中心部、
モンテナポレオーネ通り側のホテルガリレオ、
古臭いがとても歴史的雰囲気のある小さなホテルだった。

チェックインを済ませ部屋に、そして出発前恐ろしく心配していた
妻へ真っ先に部屋の電話から(何回も掛け方が解らず苦労しながら)
TEL。

初めての長距離出張、しかもヨーロッパ、妻は出発前とても
心配していた。
”到着したらすぐにTELしてね!” と念を押されていたので
ホテル到着後すぐTELしたのだ。勿論ロスでの事故は
TEL済みだったが、先ずはミラノ到着の無事の報告と
ロンドンでの出来事を話したくて、 とても話したくてTEL。

到着は夜の7時頃だったと思う。ハワイは早朝、”もしもし、あ 俺、
無事ミラノのホテルに着いたよ!”

家内 ”え、うーん あ そう じゃ おやすみ” ガチャ ・・・”
あれ? 寝ぼけてる?   そう 思いっきり・・・・・

そこでの初めての仕事は、余りにも大きな習慣の違いと、
恐ろしいまでの時差に悩まされた。

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ロスからミラノへ

ホノルルから5時間ほどのフライトで早朝のロスへ。
でっかい空港に到着,すぐ巡回バスでBA(英国航空)の
搭乗ゲートへ。

3時間ほどゲート近辺のバーで時間をつぶし、予定通り
BAの搭乗ゲートに。不安だったロスでの乗り継ぎも何事も無く、
ちょっとホッとして搭乗案内を待っていた。

1時間も待っただろうか、やっと搭乗案内が、
案内通り列に並ぶが全く列が進まない。
乗客が騒然とし始めた頃信じられない放送が。

正直何を言っているか解らなかったが、なんと
私が乗るロンドン行きの便が18時間出発が遅れたのだ。
後でわかるのだが爆破の脅迫による遅れだった。

BAの用意したホテルでゆっくり出来たのだが、恐ろしく長い
トランジットタイムだった。
結局18時間遅れで何とかロンドンへ向け出発した。

12時間半程のフライトでロンドンへ。
ヒースローに着陸・・・と、ここで又すぐには降りられない。
30分程だったかBAのジャンボはロンドン上空を旋回し、
なんとジャンボ機でロンドン遊覧。

当時ハワイの仲間は誰も信じてくれなかったが、
パイロットがロンドン上空を旋回しながら
バッキンガムやビッグベンの観光案内をしてくれたのだ。

やっと到着。その足でくたくたに疲れてミラノ行きのBAに搭乗した。
その時ヒースローは混雑しなかなか出発しない。
アルプスを見たくて窓側を予約していたその小さな窓の下に
何故かポツンとひとつのスーツケースがある。

ネービーブルーの鶴のマークのシールが、え!俺の
スーツケース だよな? まさか と思ったがまさに
私のスーツケースだったのだ。

私は下手な英語で思いっきり自己主張。隣の席の人も応援してくれた。
出発寸前の状態から、結局1時間遅らせることになったのだが
スーツケースは無事に積まれた。でも周りの欧米人は紳士そうに
振舞っていたが、おもいっきりいらいらしていたのを感じた。
私のミスではないのに、ちょっと、いたたまれない気持になった
初めての出張だった。


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プロフィール

ムッシュアプレミディ

Author:ムッシュアプレミディ
28年のサラリーマン生活の半分の14年間の海外駐在と50歳での語学留学の経験あり。

帰国後、家族で見知らぬ土地、仙台で輸入雑貨カフェをオープン。

テニス・ゴルフ・スポーツ観戦が趣味。

ブログで世界旅行 (ヨーロッパ編)


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